| 1896年 |
マティアス・ツダルスキー(1856~1940)、アルペンスキーの創始者によって「山岳(リリエンフェルト)スキー滑降技術」が出版される。 |
|
1901年
1月3日
|
サンクト・アントンの隣村サンクト・クリストフの「ホスピッツ」にて歴史上初の「スキークラブ・アールベルグ(SCA)」が創設される。翌年から毎年スキー競技会が行なわれるようになり、ハンネス・シュナイダーが世界的に有名となる。後、1907年にはハンネス・シュナイダーによるスキー・レッスンが始まる。 |
| 1911年 |
テオドール・フォン・レルヒ少佐来日。ツダルスキー方式による「リリエンフェルト・テクニック」を教え、日本における近代スキーの創始者となる。同年、日本発のスキークラブが誕生、初めての滑降競技会も開催される。 |
| 1921年 |
ハンネス・シュナイダーがスキー学校を創設する。 |
| 1925年 |
ハンネス・シュナイダーとファンク博士、1920年の合作映画「スキーの驚異」と同名の本を出版、日本でも大反響を呼ぶ。 |
| 1926年 |
全日本スキー連盟が創設される。 |
| 1928年 |
スキー技術の最先端を進むオーストリア国立スキー学校、国立ブンデスシュポルトハイム(現在は国立ブンデススキーアカデミー)がサンクト・クリストフに創設される。 |
| 1930年代 |
ハンネス・シュナイダー来日。野沢温泉など日本各地で本格的なアールベルグ・スキー技術(当時は「スキー術」と呼ばれた)紹介活動をスタートし、各地で大反響を呼ぶ。 |
| 1955年 |
オーストリア国立スキー学校の元校長シュテファン・クルッケンハウザー教授によって新しいスキー技術が「ヴェーデルン」が誕生する。 |
| 1958年 |
ハンネス・シュナイダーのアールベルグ・スキー学校後継者、ルーディー・マットが来日。オーストリア最新の技術を自ら実演して見せる。日本とオーストリアをスキーで結ぶ友情を新たにする。 |
| 1963年 |
シュテファン・クルッケンハウザー教授初来日。数々の実演により自らの新技術「ヴェーデルン」、「バインシュピール」技術を披露する。このからクルッケンハウザー教授、及び後にはホッピヒラー教授のオーストリア・スキー技術に関する本が日本でも定期的に出版されるようになり、本格的なスキー技術書として大変高い人気を得る。 |
| 1964年 |
オーストリアで最初のオリンピック大会となる第9回冬季オリンピックがインスブルックで開催される。 |
| 1976年 |
インスブルックで2度目のオリンピックとなる第12回冬季オリンピックが開催される。 |
| 1980年 |
クルッケンハウザーの後を継いだ、国立スキー学校の教授兼、国際スキー連盟の会長(当時)であるフランツ・ホッピヒラー教授により新しいスキー技術「シュヴインゲン」が誕生する。 |
|
1980年代~現在まで
|
毎年のように日本から招待されたチロルのスキー教師が日本各地で本場のアルペンスキーの技術を教えるようになり、スキー教師講習会なども開くようになる。又、日本からもアルペン・スキー技術、スキー教育学、スキー場開発、リゾート開発と環境保護などをテーマにした視察旅行がチロル、特にサンクトアントンに定期的に来るようになる。 |